東京大学宇宙線研究所
中期整備計画(2004 - 2009)提案書
宇宙線望遠鏡計画
宇宙線望遠鏡グループ
平成14年12月23日
1. 本研究計画の目的
有史以前から今日まで、宇宙は人類の尽きることのない知的好奇心の対象であった。 光学望遠鏡によって本格的に始まった天文学は、電波、紫外線、X線、ガンマ線、ニュートリノとその観測手段を変えて止むことなく発展し、一方では素粒子物理学の成果を包含して宇宙物理学が誕生した。 驚異的な現象を発見し、それらを解明して来た半世紀における歴史は、例えば文献に明快に記されているが
[1]、今日依然として残る謎の現象もある。その一つが宇宙線、特に超高エネルギー宇宙線の存在と起源である。現在確認されている宇宙線の最高エネルギーは1020電子ボルト、すなわち16ジュール[1]を超える。
この単一の素粒子としてプランク質量にも迫るエネルギーを担う宇宙線 (最高エネルギー宇宙線あるいはデカジュール粒子) は、宇宙における超高エネルギーの天体現象や、現在の宇宙に取り残されたビッグバンの痕跡素粒子などに起源を持つと推定されている。従って、最高エネルギー宇宙線の解明は、宇宙における激烈な天体現象やビッグバンの成り立ちと直接に結びついている。
最高エネルギー宇宙線の地球への到来も、また謎に包まれている。 特殊相対性理論によれば、最高エネルギー宇宙線[2]は、その伝播中に宇宙背景放射と相互作用してエネルギーを失い、一定距離(約1.5億光年または50 Mpc)以遠からは地球に到達しない。 従って、地球に到達する宇宙線のエネルギーには、エネルギー限界(GZK限界:後述)があることが予言されていたが、宇宙線研究所明野観測所のAGASA空気シャワー観測装置は10例にも及ぶGZK限界を超える宇宙線を観測し(図1)、その一部が同一方向の点源から到来している可能性を示した。 このようなGZK限界を超える最高エネルギー宇宙線の存在を確立し、その起源を解明することは、今日の天文学、宇宙物理学、更には素粒子物理学の基本に関わる重要な課題である。
以上を踏まえ、本研究計画は、AGASAが発見したGZK限界を超える宇宙線(super - GZK宇宙線)の存在を確立すると共に、その発生起源と宇宙空間での伝播機構を解明することを目的とする。最高エネルギー宇宙線の観測例数は少なく、AGASAによるエネルギー決定精度(系統誤差)も約20%である。GZK限界を超える最高エネルギー宇宙線の存否を確定する上で、これらは重要な障害となっている。この状況を打開するために、本研究ではAGASAの9倍の感度を持つ高信頼度の地表粒子検出器アレイと、空気シャワーの新しい測定方法である大気蛍光望遠鏡を建設し、最高エネルギー宇宙線のハイブリッド観測を行う。両検出器を併せた測定有効面積はAGASAの約12倍となる。 また、両検出器を使った同時観測によって、異なる観測手法によるエネルギー測定結果を相互に較正し、最終的に宇宙線のエネルギーを10%の精度で決定する。 これによって最高エネルギー宇宙線の存在を確実に検証し、その起源を解明する。
2. 最高エネルギー宇宙線が提起する物理
AGASAの観測は、超高エネルギーの宇宙線について、2つの大きな問題を提起している。
第1に、理論的に期待されるエネルギー限界よりも遥かにエネルギーの高い宇宙線が観測されていることである。図1にAGASAのエネルギースペクトラムを示す。観測されたスペクトラムは、GZK限界の1020電子ボルト(eV)を超えて、高いエネルギーに向かって途切れることなく続いている
[2,3]。
第2に、これらの宇宙線は全天空からほぼ均等に到来しているが、その一部は点源から放射されていることである
[4,5]。 図2に示すように、1019.6 eV以上の事象は、銀河中心や銀河平面、局所銀河群の作る平面(超銀河面)などと相関を持たず、全天空にほぼ均等に分布している
[2,3]。 最高エネルギー宇宙線は銀河系内磁場による偏向が小さいので、この事実は宇宙線の源が、銀河系外にあることを強く示唆する。また、1019.6 eV以上の事象のうちには、2つ以上の宇宙線がAGASAの到来方向分解能である2.50以内の1点から到来するように見えるdoublet / triplet 事象が6組存在する。
エネルギー限界の問題: 銀河系外から到来する宇宙線にはエネルギー限界が存在する。1020 eVを超える最高エネルギー宇宙線(陽子)は広大な宇宙空間を長距離伝播するうちに、高い確率でビッグバン由来の宇宙背景放射と反応してエネルギーを失う。すなわち、このエネルギー領域においてもローレンツ不変性が成立するものとすれば、宇宙背景放射(〜10– 3 eV)は、陽子の静止系で高エネルギーガンマ線と同等であり(図3)、陽子は核子共鳴状態に励起される。共鳴状態はπ中間子を放出して崩壊するために大きなエネルギー損失が起こる。 すなわち、
γ(~150 MeV) + p (静止) → Δ(1232) → π0 + p or π+ + n
Greisen – Zatsepin - Kuzmin (GZK)の3人は、宇宙背景放射が発見されてまもなく、1966年に、この機構によって 「1.5億光年(50 Mpc)以遠の源から飛来する1020eV以上の超高エネルギー宇宙線は、上記の反応により遮蔽され、地球で観測されるエネルギースペクトラムには1020eVに鋭いカットオフが存在する」 ことを予言した [6,7]。宇宙線が原子核の場合でも、銀河間空間を満たす赤外放射によって核の光分解が起こり、長距離の伝播は不可能である。
宇宙線の源が宇宙に均等に存在することを仮定すると[3]、GZK限界が成立する条件は、@ 宇宙背景放射の密度(温度) A
π 中間子光発生の反応断面積 B 特殊相対性理論(ローレンツ不変性)であり、いずれも疑いを容れにくい。 従ってGZK限界を超える最高エネルギー宇宙線は1.5億光年以内に主たる発生源がなければならないことになる。
点源天体の問題: 宇宙線は、宇宙空間に存在するプラズマ衝撃波との相互作用によって加速されるが、「加速される粒子のラーモア半径は、加速領域より大きくなれない」という閉じ込め条件によって加速限界が決まる。さらに加速中の放射損失や衝突による減速を考えると、1020eV を超えるエネルギーまで粒子を加速できる候補は、電波銀河ローブ、活動銀河核、衝突銀河、ガンマ線バーストなど、大きな広がりを持ち巨大なエネルギーを放射している最も活動的な天体に限られる
[8]。 従って、最高エネルギー宇宙線の到来方向1.5億光年以内には、電磁波(電波、光、X線、γ 線)でも明るく輝く高エネルギー天体が同定されるはずである。 しかしながら、AGASAの1020 eV を超える10事象とdoublet / triplet を作る6点源の背後には、探索の範囲を3億光年に広げてみても、このような天体が見つからない [4]。 よって、GZK限界を超え、近傍に対応天体を持たない最高エネルギー宇宙線の起源は謎である。
新たな物理への窓: 最高エネルギー宇宙線の起源は、既知の天体現象で説明することが困難であるが、また素粒子物理や宇宙論の標準的な枠組みから説明することも容易でない。 このため、AGASAの発見は多くの理論家の興味を呼び起こし、素粒子物理の標準的理論を超えた新しい物理に基づくモデルや、未知の超高エネルギー天体現象に基づくモデルが提案されている。以下はいくつかの例であるが、最高エネルギー宇宙線の存在が確証されれば、標準的な素粒子と天体の理論を越える新たな物理への糸口となることを示唆している[4]。
1.
ビッグバン初期に生成した準安定の超重粒子、あるいは宇宙紐(cosmic string)などの位相欠陥(topological
defect)が、銀河系近傍で崩壊して超高エネルギー宇宙線を発生している。 粒子の質量が大統一理論のスケール1025 eV であれば、その崩壊からGZK限界を超えるエネルギーの粒子が数多く発生する。 V.Berezinsky, V.A.Kuzmin, D.N.Schramm, 柳田勉らによって提唱された [9-12]。
2.
超高エネルギーのニュートリノが、重力によって銀河系近傍に集積している宇宙背景ニュートリノと反応してZ0粒子を作り、その崩壊生成粒子が観測されている。Zバースト模型と呼ばれT.J.Weiler らによって提唱された
[13]。
3. 超高エネルギーで特殊相対論に破れがあり、期待されるΔ (1232)の共鳴的生成が起こらない。ローレンツ因子γ が1011 に及ぶ領域では、これまで特殊相対性理論の実験的検証はなされていないので、このような提案が可能である。 佐藤文隆、S.R.Coleman, S.L.Glashowらによる [14,15]。
4.
近傍の銀河団や超銀河団から超高エネルギー粒子が放射されている。 ただし加速機構は不明であり、銀河団の磁場構造や、主要な放射源天体と我々の銀河系との位置関係に特殊な仮定が必要である。 P. Biermann, G. Sigl らにより提唱された
[16]。
新たな観測計画: 超高エネルギー宇宙線の頻度は極めて小さく、最も興味のある1020 eV以上では、1 km2の地表に100年に1度飛来する程度である。AGASAは、111台のプラスチックシンチレータ検出器を100 km2の地表に展開し、空気シャワー粒子が多数の検出器に同時入射する事象を測定する。このような計測を光ファイバー網で行う技術は画期的なもので
[17]、これによって検出感度を当時の世界レベルから一挙に ~ 5倍広げることに成功し、大きな成果を導いた。 しかし、建設以来十数年を経て、AGASAの感度・装置性能ともに限界に達しており、これ以上の起源解明に迫ることができない。
従って、本研究計画では、AGASAの約12倍の測定有効面積を持つ観測装置を建設し、super-GZK事象と点源の存在を確認し、その起源の解明を行う。 すなわち、 @ 装置規模を拡大して観測事象数を増やし、少数例の統計誤差による不定性を除くとともに、 A 空気シャワーのエネルギーと到来方向測定の決定精度を改善する。 具体的には、AGASAの約9倍の有効面積をもつ地上検出器アレイとAGASAの約4倍の有効面積を持つ大気蛍光望遠鏡による空気シャワーのハイブリッド観測によって、それぞれの観測方法の系統的誤差を減らし、エネルギースペクトラムの測定信頼度を格段に向上させる。 最近に至ってGZK限界の存在を肯定する新しい測定結果が発表されており(後述)、最高エネルギー宇宙線問題の核心にあるGZK限界の有無について最終的な観測結果を提示することは焦眉の課題である。 また
大気蛍光法による宇宙線の粒子種同定は、後述のようにSuper-GZK粒子の起源特定において本質的である。
3. 大気蛍光望遠鏡と地表粒子検出器によるハイブリッド観測
高エネルギーの宇宙線が大気に突入すると、大気を構成する窒素・酸素などの原子核と衝突し、エネルギーが次々と多数の粒子に分配されてカスケードシャワーを作る。この過程で多数のπ 中間子が発生するが、そのうち中性のπ0は寿命が短いために、大半は次の核反応を起こす前にガンマ線対へと崩壊する。ガンマ線は電子対を創生し、電子は更に制動放射でガンマ線を創生する。以上の複合過程により、空気シャワーが形成される。シャワーの最大発達点(電子数が最大になる点でXmaxと表す)では、多数の低エネルギー電子・陽電子と光子が直径数キロの領域に広がる大規模な空気シャワーとなる。
本研究計画では、地表に展開したプラスチック・シンチレータ粒子検出器群による観測と、空気シャワー中の荷電粒子が発生する紫外シンチレーション光(大気蛍光)の撮像観測を同時に行う(図4)。地表検出器アレイでは、観測した粒子数と到来時間の測定から、空気シャワーのシミュレーションを援用して一次宇宙線のエネルギーと到来方向を決定する。 蛍光望遠鏡では、大気中でシャワー中心が作る軌跡を撮像して到来方向を決め、軌跡の輝度(光量)から大気中における空気シャワーの全エネルギーをカロリメトリックに測定する。
大気蛍光法と地表検出器法は測定原理が異なるだけでなく、空気シャワーのエネルギーを相補的に測定することになる。すなわち、大気蛍光は空気シャワー中心軸付近(軸から〜100 m以内)でのエネルギー損失をシャワーの縦方向発達に沿って観測する。これに対して、地表検出器は最大発達点付近の平面内でシャワー軸から数100 m - 数kmの範囲において粒子密度の横方向の広がりを測定する。各々の方法は単独で宇宙線粒子のエネルギーと到来方向を決定できるが、空気シャワー現象の統一的な理解には、双方の結果が一致することが必要である。また実験手法を見ると、地表での粒子数測定によるエネルギー決定においては、シャワー発達初期における超高エネルギー核相互作用の不定性が介在しているのに対して、大気蛍光測定では蛍光が大気中を伝播する過程での散乱減衰の不定性が存在している。本計画のハイブリッド観測は両者の欠点を相互に補い、より高精度のエネルギー決定を実現する。 これは、宇宙線望遠鏡計画の最終段階における、大規模な大気蛍光望遠鏡による観測法を確立する上でも重要である。
計画の概要: 観測装置は米国ユタ州ミラード郡、標高1400 mの西部砂漠地帯に設置する。図5に示す領域に、荷電粒子を検出するプラスチック・シンチレータ検出器576台を24×24の碁盤目に設置する。その周囲3ヶ所に大気蛍光観測用の望遠鏡ステーションを設けて、各ステーションからアレイの中心方向1200の範囲に落下するシャワーを撮像観測する。地表検出器の間隔は1.2 km、望遠鏡ステーションの間隔は約40 kmで、観測装置は約800 km2の面積に亘って設置されることになる。
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装置感度 (km2 sr) |
相対 感度 |
角度 分解能 |
年間事象数 |
|
>1019eV |
>1020eV |
||||
AGASA |
162 |
(=1) |
1.60 |
100 |
1 |
本計画の地表検出器 |
1371 |
8.5 |
1.00 |
700 |
9 |
同、大気蛍光望遠鏡* |
670 |
4.1 |
0.60 |
300 |
4 |
同、同時計測** |
165 |
1.0 |
0.40 |
80 |
1 |
*観測時間効率10%を仮定 **同12%を仮定 |
|||||
表1 装置感度・分解能・期待される観測事象数 |
本計画では、地表検出器と蛍光望遠鏡を併せた検出有効面積がAGASAの12倍となり、1年間で12例のsuper - GZK事象を観測することができる(表1)。 大気蛍光法では月のない暗夜のみ測定可能で、観測効率を含めた装置感度は地表検出器に較べて小さいが、到来方向や一次エネルギーの絶対値を直接的に測定できる利点がある。エネルギーが1019
− 1020電子ボルトの領域では年間約80事象が2つの検出器で同時観測されるが、これを使って検出器相互の較正を行い、エネルギー決定の系統誤差(absolute energy scale
error)を10%以下にすることが可能となる。
目的1:エネルギースペクトラムの確定: AGASAのエネルギースペクトラムを図6に示す。図中の点線は、宇宙に均等に宇宙線の源が分布していると仮定した場合に、AGASAで観測されると期待されるエネルギースペクトラムである[5]。AGASAが建設以来10年間に測定したsuper-GZK事象数は10であるのに対して、GZK限界から期待される事象数は1.6で、AGASAの結果はGZK限界の存在を4.0σの有意度で否定している。 しかしAGASAのすべての事象のエネルギーを18%下げてスペクトラムを再プロットすると、観測5事象・期待1事象となり、有意度は2.6σに下がる。 AGASAのenergy scale errorは18%であるので [18]、これがGZK限界の有無に対するAGASAの結論である。
本計画では、中期計画内(2004 – 2009)の3年間の観測で、AGASAの10年間の3.5倍に相当する観測量を達成することができる。AGASAの観測強度が正しければ、これによって1020電子ボルト以上の事象を35程度観測できる。同時にenergy scale errorを10%以下に抑えて一次宇宙線エネルギースペクトラムの結果を提示し、GZK問題の最終決着を行う。
目的2:Super-GZK点源の確定: AGASAの観測した1019.6電子ボルトを超える宇宙線59事象の中で、任意の2事象が作る離角(opening
angle)の分布を図7左に示す[6] [5]。図の左端のピークは図2に示した5 doublets
and 1 tripletの点源に対応し、離角30以下に合計13事象・8事象対が含まれる。図中の実線は、到来方向が完全に等方的である場合に期待される分布である。点源存在の有意度は5σであり、何らかの放射点源が宇宙に存在することは確実である。
本計画では、AGASAの10倍以上の感度が得られるばかりでなく、地表検出器と蛍光望遠鏡の双方で、AGASAを超える角度分解能が実現される。事象対を構成する宇宙線粒子がγ線などの中性粒子であった場合、銀河系内外の磁場で軌道が湾曲されないため、等方分布からの偶然的な寄与は角度分解能の2乗に従って減少する。以上を考慮して、表2に本計画による点源信号の期待値を示す。3年間の地表検出器と蛍光望遠鏡の観測を併せると、全天で20近い点源が観測でき、各々に対して0.60
– 1.00 の精度で対応天体の探索が可能になる。また、現在のAGASAの観測数では、super-GZK事象(E>1020電子ボルト)が点源から到来しているか否かを有意に判定できないが、本計画の観測でこれを明らかにすることができる。
一方、点源からの放射粒子が荷電粒子である場合、磁場による曲がりから放射源は広がりを持つように見える。 その広がりの大きさは銀河系内外の磁場構造と粒子のエネルギーによって決まる。従って、銀河磁場をスペクトロメータとして使い、宇宙線粒子の電荷を決める可能性が開ける。エネルギーが1020電子ボルトの陽子は銀河磁場(〜μG)によって約10の偏向を受ける [19]。 銀河中心から遠い北天においては偏向の方向がほぼ一定なので、点源を構成する事象の広がりを調べることによって、宇宙線粒子の電荷が正であるか負であるかを決めることができる。
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角度 分解能 |
事象対数(E>1019.6eV) |
C.L. |
|
信号 |
雑音 |
|||
AGASA |
1.60 |
8 |
1.6 |
2.2×10-4 |
本計画の地表検出器* |
1.00 |
20.3 |
1.6 |
1.2×10-15 |
同、大気蛍光望遠鏡* |
0.60 |
9.9 |
0.3 |
3.3×10-13 |
同、同時計測 |
0.40 |
8 |
0.1 |
2.2×10-14 |
* 本計画3年間の測定 |
||||
表2 点源観測: 現在のAGASAと本計画による結果 |
本計画では、高い到来方向分解能を使ってAGASAでは確証が得られていない1019電子ボルト付近の点源(図7右)についても確定的な答えを得ることができると期待される。このエネルギー領域では磁場による偏向が大きくなるため、もし点源の存在を確定できれば、磁場構造そのものを測定することが可能となる。
4. 地表検出器アレイによる観測
シンチレーション検出器: 地表検出器アレイを構成する荷電粒子検出器としては、面積3 m2のプラスチックシンチレータを使用する。これを1.2 km間隔の碁盤目状に24×24の合計576台設置して、地表面積760 km2をカバーする。天頂角450までとった場合の装置感度は1371 km2 srである。AGASAは面積2.2 m2のシンチレータを1 km間隔で合計111台並べたもので、新検出器はAGASAの約9倍の感度を持つことになる(表1)。AGASAのエネルギー分解能は入射エネルギーが1020電子ボルトで約25%であるが [18]、これは主として検出する粒子数の統計誤差と事象再構成における誤差によって決まっている。本計画では、検出器の設置間隔を1.2 km に広げるものの、検出器のシンチレータ面積を広げることで検出粒子数の減少を補償し、1020電子ボルトでAGASAと同等のエネルギー分解能を保持できる。 ただし、検出できる宇宙線のエネルギー下限はシャワー粒子を同時計測するシンチレータの台数(N≧3)で決まり、測定エネルギーの下限はAGASAの1018電子ボルトから1018.5電子ボルトに上昇する。
シンチレータからの青色光は、波長変換剤(wave length shifter)をドープした光ファイバーケーブルで緑色光に変換し、光電子増倍管まで導いて検出する。図8にプロトタイプの写真を示す。厚さ1 cmのシンチレータの表面に、辺長10 cmの四辺形の溝(幅1.5 mm深さ1.5 mm。角は丸めてある)を堀り、その中に直径1 mmのwave length shifter fiber(BCF91A)を埋めたものである。このデザインの検出器50台は、2000年4月以来CERNのL3+C実験において空気シャワー観測用アレイとして使用されている [20]。この間、−10℃から40℃の屋外環境で安定に稼動している。プロトタイプのシンチレータは面積0.5 m2であるが、最終的には3 m2の検出器を2台のシンチレータ検出器で構成する予定である。図9にプロトタイプ検出器の宇宙線ミューオンに対する波高分布を示す。比較的広い入射角度分布を持つミューオンの測定にもかかわらず良好な分解能を示し、十分な光電子数が得られて一様性にも問題のない事が分かる。
AGASAと本計画地上アレイとの較正: AGASAは厚さ5 cmのシンチレータからの光をPMTで直接に読み出す方法であり、本計画の装置とは異なる。本計画の薄型検出器は軽量かつ小容量に製作が可能で、野外での設置や移設が簡単に行える。価格も比較的安価である。 一方、AGASAに較べて検出器を通過する荷電粒子成分からの信号が小さくなり、低エネルギーの環境ガンマ線などによる雑音信号の影響が大きくなる可能性がある。また、空気シャワー中には、電子に較べて2桁ほど多い低エネルギーガンマ線が含まれるが(図28)、これらがシンチレータに吸収されて発光する割合が減少する。 従って、地表検出器試作機をAGASAアレイに併設して同時計測を行い、空気シャワーに対する検出器の反応の相違を調べる。これによって新検出器アレイのenergy scale をAGASAと較正することができる。
全波形記録: 光電子増倍管からの信号波形は40 MHzのフラッシュADCでAD変換して連続的に記録する。AGASAでは、時間的に積分・整形した信号から粒子数と到来時間の最速値(leading
edge)を求めている。図10は、山梨大学グループが30 m2のシンチレータ検出器でAGASAと同時計測した波形記録である。図にはシャワーに含まれる比較的低エネルギーの中性子によると見られる遅延信号がいくつか観測されている。AGASAのアナログ回路では、時定数を超える遅延信号は積分値の誤差に繋がるが、本計画では全ての粒子の到来時間とパルス波高を記録することで、データ解析時に不要な信号を取り除くことができ、エネルギー決定の系統誤差を減らすことができる。到来時間の測定に関しては、シャワーフロントにある最速粒子の到来時間の統計的変動によらず、検出された粒子全ての到来時間分布を平均することにより、時間分解能を改善できる。各検出器における時間基準をGPS (Global Positioning
System)で20ナノ秒の精度で測定し、到来方向の精度をAGASAの1.60から10まで向上させる。
図11に、トリガーとデータ収集システムの概念図を示す。 フラッシュADCの出力は時間積分し、μ粒子の1/3程度の信号(=level-0)が検出されれば、前後の一定時間のADC出力をGPSの時間記録と共にメモリーに貯蔵する。信号波高がμ粒子の3倍以上であれば(=level-1)、信号の大きさと時間を中央データ収集(DAQ)システムに送り出し、DAQのプログラムによって同時計測を判断する(=level-2)。各検出器におけるlevel-1頻度は〜100Hzである。少なくとも3つの検出器が同時計測することをlevel-2のトリガー条件とすると、アレイ全体でもトリガーの頻度は〜1Hzである。level-2トリガーは各検出器に伝送されて、メモリーに貯蔵されていたlevel-0の波形記録から対応する部分が選択されて中央DAQシステムへ送られる。
太陽電池と無線DAQ: 各検出器は広大な実験サイトに1.2 km
の間隔で設置するが、このために電力供給用電線や通信用光ファイバーを設置するのは困難である。 従って、本計画では太陽電池パネルとバックアップ蓄電池を併用して自家発電を行い、所要電力を賄う。この為に検出器における総消費電力を10ワット以内に抑える省電力設計を行う。また、データ収集には5 km程度の通信が可能な小電力の無線LAN部品を使って無線DAQシステムを構築する。特に、各検出器からのlevel-1信号を1秒分(〜100トリガー)のリストにまとめて1秒に1度送出することにすれば、無線LANへの負荷は問題とならない。以上に述べた地表粒子検出器システムは軽量・小容積で、無線LAN・自家発電装置・GPSを備えているために屋外での設置に手間がかからない。性能に較べて低コストで、容易に拡張したり再配置できるのが特徴である。
5. 大気蛍光望遠鏡による観測
ステレオ観測: 米国ユタ州西部砂漠地帯の大気は、乾燥して透明度及び晴天率が高く大気蛍光法による観測に適している。ここでは、初代Fly’s Eyeと後継のHigh Resolution Fly’s Eye (HiRes)が、1980年代から大気蛍光の観測を行っている[7] [21,22]。 大気蛍光観測の望遠鏡ステーション(図12)は、地表近くで発生する霧などの影響を避けるために、周囲から100 m – 200 m 高くなった小丘の頂上あるいは中腹に設置する。各ステーションには十数台の望遠鏡を集中的に配置して、全体で方位角1200、 仰角30 - 340の夜空から到来する大気蛍光を測定する。本計画では、約40 kmの間隔で合計3ヶ所の観測ステーションを設け(図5)、2つ以上のステーションによる同時観測を行う。このステレオ(複眼)観測を用いると、宇宙線の到来方向やシャワーまでの距離が、シャワーの幾何学的配置から一意的に決まる[8](図13)。 また全事象の約60 %は、3つのステーションで同時測定されるが、この場合には一つの空気シャワーに対して3つの独立なエネルギー測定ができ、測定の信頼度を評価する大きな手掛かりとなる。望遠鏡システム全体の感度は、少なくとも1ヶ所の観測ステーションがシャワーから45 km 以内にあるように観測範囲を限定するとしてAGASAの約4倍となる(表1)。
広視野望遠鏡: 望遠鏡は口径3mの球面反射鏡を使った広視野望遠鏡で、1台が約180x180の視野を持つ(図14)。反射鏡は曲率半径6 mの正六角形セグメント球面鏡18枚からなる合成鏡である。セグメント鏡は、厚さ10
mmの強化ガラスを球面に熱加工して作り、表面にアルミを蒸着した後、酸化アルミの保護皮膜を形成する。撮像カメラは反射鏡の正面3 mの焦点面に置く。カメラや鏡の支持構造は、強風下でも観測が可能なように、風速15 m/s の風に対して像のブレが 5 mm 以内であるように設計されている。
高感度・高速の撮像: カメラは16×16本の光電子増倍管(PMT)を隙間なく平面に配列したものである(図15)。PMTは2インチ径であるが、撮像面の不感領域を少なくする為に正6角形の光電面を持っている。各々のPMTは約1度×1度の視野を担当し、この範囲の夜空から到来する蛍光のみを検出する。空気シャワーからの蛍光は、直線状に並んだ数十本のPMTに次々と信号を与えて行く。大気蛍光は波長300 nm から
430
nm にわたる紫外領域の数本の輝線からなるので、光電面としてはバイアルカリ、PMTの窓材としては硼珪酸ガラスを用いる。使用予定のPMTは医療機器のガンマカメラ用に大量に生産されており、安定度・信頼度ともに良好である。カメラの前面には紫外光を透過し、可視光を遮蔽する色ガラスフィルターを取り付けて夜光による雑音を低減する。
較正: 測定した光電子数から空気シャワーのエネルギーを求めるためには、望遠鏡光学素子の装置定数を正しく求める必要がある。 鏡の反射率・フィルターの透過率・PMTの量子効率については、波長依存性を含んだ絶対較正曲線を事前に測定してデータベースを作る。望遠鏡に組み込んだ後は、反射鏡の中心(及びカメラ周辺)に取り付けたキセノン発光管による拡散光源を用いて、数点の波長領域でこれらの較正係数の経年変化をモニターする。このキセノン光源は、カメラを構成する256ピクセルのPMT・エレクトロニクスのゲインを相対的に揃える為にも使用する。カメラ中の数本のPMTには光量を絶対較正した小型標準光源を接着し、任意の時間にピクセルゲインの絶対較正値を求め、相対較正と照合できるようにする。標準光源としては、近紫外で発光するアルミ酸化イットリウムシンチレーターの小さな結晶に微弱アルファ線源を塗布したもの(YAP)を用いる。また、このYAP光源と紫外発光LEDを組み合わせたスキャナーを製作し、カメラ前面を走査して、ピクセルゲインの詳細な2次元分布を測定してデータベースとして保管する。
微弱信号のトリガーと記録: 蛍光望遠鏡の電子回路は、定常的な夜光バックグラウンドの下で微弱な信号を検出しなければならない。特に遠方の空気シャワーがステーションから逃げてゆく方向に落ちるとき、蛍光信号の幅は10μ 秒を超え、エネルギーが下がるにつれて夜光雑音との区別が難しくなる(図16)。 従って、最良の感度を得るために以下のような方式の電子回路を使用する。
1.
PMTはDC結合とし、夜光によるDC成分を直接測定するとともに、時定数に影響されない正確な信号波形の記録を目指す。
2.
パイプラインADCを使い200ナノ秒毎に12ビット精度で信号波形をAD変換して記録する。
3.
AD変換器出力を高速デジタル信号処理チップ(DSP: Digital Signal Processor)に入力し微弱信号の検出をソフトウェアで行う。
以上により、データ採取条件の変化(夜光、航空機、星光、雷などのバックグラウンドの変化)に対してソフトウェアで迅速・柔軟に対処することができる。
AD変換器ボードで認識されたPMT毎の蛍光信号は、ボード単位でトリガーモジュールへ送られる。トリガーモジュールでは、カメラ上の空気シャワーの軌跡を認識し、トリガーを発生する。この間、デジタル化されたPMTの信号は各AD変換器ボードに一時貯蔵され、トリガーの発生と共にオンライン計算機によって収集される。データ収集の際は、認識された軌跡の周辺のPMT信号、及び蛍光信号と時間的に前後する部分のバックグラウンド情報も同時に取り込み、微弱信号を正確に記録する。空気シャワーの1事象に対して、デジタル化されたデータ量は約2000バイトである。観測される空気シャワーの頻度は、1016電子ボルト以上の全ての宇宙線について、1ステーションあたり0.3 Hz以下であるので、フロントエンド電子回路からのデータ収集は通常のEthernet技術で行う。
遠隔管理: 砂漠地帯に設置され、互いに数十キロ離れた望遠鏡システムを安定的に運用し、信頼できるデータを取るためには観測ステーションの遠隔管理・遠隔監視が重要である。3基の観測ステーションは無線マイクロ波ネットワークと衛星電話回線で結び、最もアクセスの容易な1ステーションに運用管理のセンターをおいて、ここから全てのステーションを集中管理する。各ステーションでの温湿度やシャッターの開閉状態、望遠鏡格納庫内の明るさなどは専用の環境モニターシステムで監視し、ネットワークを使って運用管理センターで管理する。電気系統やデータ収集装置の動作モニター、監視カメラによる格納庫内外の安全管理なども同様に行なう。また、人工衛星からの気象画像、近傍の飛行場からの気象データなども運用管理センターで受信して記録する。地表検出器アレイの遠隔管理・監視もこのセンターで行う。
性能: これまでに述べた設計仕様から期待される望遠鏡のエネルギー・到来方向・Xmaxの測定精度をモンテカルロ法によって求めた [23]。 図17は、空気シャワーシミュレーションを用いて擬似事象を発生させ、これを再構成プログラムにかけて、どのような精度で元のパラメータが再現されるかをチェックしたものである。
2つ以上のステーションで50以上の長さの軌跡が観測されることを条件とした。図から明らかなように、各パラメータともに分解能に大きな裾野が見られることもなく、正常なガウス分布に近い形で再構成されている。これは、空気シャワーがステレオ観測された場合には、比較的遠方の事象であっても、十分な精度で測定できることを示している。
大気透明度の補正: 大気蛍光は、発生点から望遠鏡に至る光路で、大気分子や、雲や塵などのアエロゾルによって散乱され、失われる。大気分子によるRayleigh散乱を原因とする損失は大気密度のみの関数であり、理論的に計算して補正することができる。地表における大気圧とラジオゾンデによる高度依存性データを用いると、補正の不定性は5%以内に抑えられる。一方、アエロゾルによるMie散乱の損失は大
項 目 |
誤差 |
@ 大気蛍光の発光効率とスペクトラム |
5% |
A 大気蛍光の散乱損失の評価 |
< 10% |
B 観測装置の絶対感度較正 |
5% |
C 逸失エネルギー(μ+ν) |
5% |
D 統計誤差(再構成の誤差) |
6% |
合 計 |
< 15% |
表3 大気蛍光法によるエネルギー測定の誤差 |
気の状態や場所によって変動するため、個々の空気シャワーを観測した時点で、光路における大気透明度を測定して補正する必要がある。大気蛍光法によるエネルギー決定で考えられる不定性について表3にまとめる。表からも明らかなように、大気透明度の補正が最も重要である。大気透明度の測定は紫外のレーザーパルス光を大気中に射出し、その散乱光の強度を測定して行う。レーザー射出点に戻ってくる最後方散乱光を測定する方法(Lidar法)と、射出点から離れた場所で側方散乱光を測定する二つの方法を開発しており、両者を併用して大気透明度補正の不定性を10%以内に抑える。
透明度測定1:ライダー法: 明野観測所では、小パワー(5mJ)のNd:YAGレーザーと口径16 cmの放物面鏡受光装置を用いたライダーを試作して大気透明度の試験観測を行なった
[24]。受光素子としては紫外透過型フィルターを接着した光電子増倍管を用い、出力信号はデジタルスコープでAD変換して記録した。装置を経緯台にのせ、全天の任意の方向にレーザーが射出できるようにした。また、赤外線CCDカメラも同様にマウントし、ライダー観測と同時に、天空の放射温度測定による雲の監視を行なった。 装置全体は天文ドームに入れて保護し、ネットワーク接続によって柏の宇宙線研究所から遠隔観測を行なった。 図18に典型的な観測例を示す。垂直、水平射出の各々について、それぞれレーザー256, 1000発の射出を積分したものである。試作機の小レーザー・小受光器でも、10 kmまでの範囲で大気の状態が明瞭に観測できることが判る。
図18で、測定曲線の傾きは散乱によるレーザー光の減衰の程度を表す。ここで大気の消散係数α(Extinction Coefficient,
減衰長の逆数)と、測定される最後方散乱(θ=1800)の微分断面積βの間に
β= Cαk(kは0.5 - 1.0, Cは任意定数)なる関係が成立することを仮定すると、測定曲線から大気の任意の場所での消散係数を求めることができる(Klettの方法)。 レーザーを水平方向から垂直方向まで、5度おきに仰角を増やして射出し消散係数を測定した結果を図19に示す。この例では、高さにして10 km 、水平距離にして
10 km
の範囲で、大気断面の消散係数分布が測定されている。
透明度測定2:側方散乱: 最後方散乱を利用したライダーの利点は、発光・受光の光量絶対値を必要とせずに、大気の消散係数の分布が求められることである。一方、この消散係数の値は、β= Cαk(前節)という単純な仮定の下に求められたものである。大気中における実際のアエロゾル粒子の分布が、種類・粒径・密度共に一定でないことを考えると、別の方法で消散係数を測定して、この方法の系統誤差を評価する必要がある。 本計画では、Lidar法に加えて、同じレーザーの側方散乱光を利用した大気モニター装置を製作し、Lidar法と併用して、大気透明度モニターの信頼度を高める(図20)。この方法において使用するレーザーは、米国基準局(NIST)で較正されたピロ電気型のエネルギーメーターを使って3%の絶対精度でパワー(従ってレーザーパルス中の光子数)が較正されているものとする。これを垂直に射出し、十分な高空でのRayleigh散乱を使えば、この散乱光は強度の知れた標準光源として扱える。この散乱光を絶対感度較正済みのPMT で測定すれば、散乱点から望遠鏡までの大気透明度を求めることができる。ユタ現地においてHiResグループが2年間この方法を用いて測定した(Mie散乱による)垂直減衰量の平均値は4±2(sys)%で、本計画の建設予定地近くでは、大気透明度が米国の砂漠標準大気モデルより良好であることを示している(図21)。
測定計画: 本計画では、まず明野観測所で運用しているLidar原型器のレーザー出力を5倍し、反射鏡口径を3倍して、20 km遠方までの測定が出来るシステムを開発する。同時に、レーザーパワーと望遠鏡感度を絶対測定して、側方散乱測定に使用する。受光望遠鏡にはマルチアノードPMTを使用し、Mie散乱の前方ピークによる多重散乱の効果(受光像の滲み)を測定できるようにする。このような大気透明度測定装置を、図22に見られるように、蛍光望遠鏡ステーションのある3ヶ所に加えて、あと1ヶ所に設置する。これによって、地表アレイ領域に落下する宇宙線について後方散乱と側方散乱の2つの方法で大気透明度を測定し、10%以下の精度で大気透明度を補正する。
6. 起源解明への手掛り
宇宙線核種の同定: 空気シャワーの最大発達点Xmaxは一次宇宙線の粒子種によって異なる。大気蛍光法では、空気シャワーの縦方向発達を撮像するので、Xmaxを30 g/cm2程度の分解能で測定することができる(図17)。1018 eVの陽子と鉄原子核が空気シャワーを作った場合に、Xmaxがどのように分布するかを図23に示す。事象ごとのバラツキは大きいが、平均で100 g/cm2程度の違いがあり、本計画の分解能では十分分離が可能である。シミュレーションを利用して陽子・炭素・鉄の3成分が均等に混ざった空気シャワー事象を作り、事象毎にXmaxを使って3成分の分離を試みると、60%以上の確率で陽子・炭素・鉄のどのグループに属するかを決定でき、平均化学組成に関しては最終的に10%以下の誤差で決定できる。本計画で測定されるsuper-GZK事象のうちに鉄などの原子核が明白に同定されると、衝撃波加速が唯一の加速機構となり、超重粒子崩壊仮説やZバースト模型(3ページの起源仮説 1と2)は直ちに否定される。また、super-GZK陽子が同定されて起源天体までの距離が確定すれば、特殊相対論の破れの検証(3ページの起源仮説3)が行えるかもしれない。このように、最高エネルギー宇宙線の粒子種の同定は、起源の解明に必須である。
超高エネルギーガンマ線の検出: ガンマ線のXmaxは、超高エネルギー領域で極めて興味深い振舞を示す(図24)。まず1018.5 eVを超えると物質密度効果[9]によって反応断面積が下がり、大気の奥深くまで侵入するようになる。一方1019.3 eVを超えると、地上~1000 kmの高度で地磁気と反応して対創生を起こし、大気上層に到達する頃には数百個のシンクロトロン放射ガンマ線を含む電磁シャワーとなっている。このために平均のXmaxは急激に小さくなる。北方から到来するガンマ線ほど、進行方向に垂直な地磁気成分が大きいので、強い地磁気効果を受ける [25-27]。従ってsuper-GZK事象の大半がガンマ線となる超重粒子崩壊の場合には、物質密度効果によって大気深く侵入する事象や地磁気による南北効果によってガンマ線の同定が可能になる。ガンマ線の検出はsuper-GZK事象が素粒子物理起源であることの直接的な証明である。
超高エネルギー宇宙ニュートリノの探索: 低エネルギーのニュートリノは極めて不活性で、反応せずに地球を貫通する。しかし反応断面積はエネルギーと共に増加し、1020 eVになると、地球大気を水平に横切った場合(~36 kg/cm2)には ~10-3の割合で大気と反応して水平空気シャワーを作る。 ガンマ線が中性π中間子の崩壊から生じるのと同様に、超高エネルギーのニュートリノは荷電π中間子の崩壊から発生する。1019電子ボルトを超える宇宙ニュートリノが検出されれば、super-GZK事象の粒子崩壊起源を直接に示唆することになる。AGASAで観測しているsuper-GZK事象が超重粒子の崩壊から生じていると仮定すると、蛍光望遠鏡の3年間の運用で期待されるニュートリノは1事象程度である。期待値は小さいが、ニュートリノによる水平空気シャワーは特徴的で識別がし易く、Xmaxが1500 g/cm2以上の事象に限ると、陽子宇宙線を起源とするバックグラウンドを完全に排除することができる(図25)。また、南極の氷床を使ってニュートリノ反応から生じるμ粒子を検出するIceCube などのニュートリノ専用検出器に較べると、検出のエネルギー閾値は2 - 3桁大きくなるが、大気ニュートリノの雑音が存在せず、ニュートリノが作る空気シャワーを直接に同定できるのが特色である。
異方性とクラスター: 宇宙線の到来方向異方性や点源天体の同定もsuper-GZK事象の起源解明に重要である。例えば、ダークマターである超重粒子は銀河系の重力によって集合し、銀河系中心に近いほど密度が高くなる。1020 eV以上のエネルギーでは銀河系内磁場による偏向が小さいので、super-GZK事象が主として銀河中心方向から到来していれば超重粒子起源の間接的な証拠となる。また、銀河系外でsuper-GZK宇宙線を放射する天体が同定されれば、起源解明に向けた最も直接的な手がかりとなる。AGASAでは、50ほどの観測例から点源事象(クラスター)を同定したが、観測されたクラスターの約2割は背景事象の偶然の重なりによるものであり、対応天体の同定にも至っていない。本計画では、5年間の観測で1019.6eV以上の事象を300例以上集めて、クラスターを探索する。この事例数があれば、クラスターを構成する事象のみに限ったエネルギースペクトラムを得ることも可能である。これには、天候を問わず一様かつ継続的に天空をサーベイ出来る地表検出器アレイの特徴が有効に寄与する。特に本計画のアレイは、銀河中心を直接に覗かない北半球に位置している為に、宇宙線が銀河中心付近の磁場によって複雑な偏向を受けることがない。また北半球には特別な銀河系外天体が多く、super-GZKクラスターと対応天体の探索に最適である。
7. シミュレーションとデータ解析
本研究における物理データ解析の流れを図26に示す。一次宇宙線の @ エネルギー A 到来方向 B 粒子種(Xmax)を高い信頼度で決定し、その系統的誤差を評価するためには、1019eV 以上のエネルギーを持って地球に入射する陽子および鉄等の原子核・ガンマ線などが作る空気シャワーについて、大気蛍光望遠鏡と地表検出器のハイブリッド観測が提供する多くの測定量を正しく再現する空気シャワーシミュレーションと検出器シミュレーションの開発が必須である。
図26に示した解析手続で重要な点は、再構成(reconstruction) プログラムに対してシミュレーションが提供する擬似データが、実データと同様に解析できることである。その為には空気シャワーシミュレーションが4
次元(空間+時間) のシャワー粒子分布を低エネルギー粒子に至るまで正確に与える必要がある。“Full Simulation” は計算時間から不可能なので、これにかわる省略法( thinning / unthinning, bootstrap, 理論計算,準乱数の援用など) を検討している。
一次宇宙線と空気原子核との反応は、重心系エネルギーに換算して現存する加速器実験の領域より4桁以上高い。従って空気シャワーシミュレーションにおいて、シャワー発達に大きな影響を持つ衝突断面積・多重度・非弾性度などのパラメータは、実験データから理論的外挿によって決めなければならない。本研究では、このパラメータ調整を、実験データと擬似データの比較によって行う。シャワー理論も同時に援用する。この際に重要なのは、大気蛍光法によるシャワーの縦方向発達分布、地上検出器による粒子横方向分布・粒子数の天頂角依存性などについて、シミュレーションが観測データを正しく再現することである。シミュレーションで使用するハドロン反応モデルの妥当性についても、理論的検討のみでなく、データの再現性の点から検証を行う。 本計画のハイブリッド観測が提供するデータは、これまでの地表検出器あるいは大気蛍光望遠鏡単独の観測に較べて格段に豊富な情報をもたらし、空気シャワー現象自体及び超高エネルギー相互作用の理解を深める為にも有用である。
8. 計画の意義と競争力
活性化する最高エネルギー宇宙線の観測: 2002年の時点で最高エネルギー宇宙線の観測を行っているのは、地表検出器であるAGASA と大気蛍光望遠鏡であるHigh Resolution Fly’s Eye (略称HiRes)の2実験である。 AGASAによるsuper-GZK事象の発見を契機として、超大型の地表観測器計画であるPierre Augerの建設が認められ、宇宙からの観測計画であるEUSOも新たに提案されて活発な開発研究が始まっている [28,29]。
計 画 名 |
概 要 |
感度 (km2 sr) |
観測 開始 |
Pierre Auger |
南米アルゼンチンの平原に1600台の水タンク検出器を並べて3000 km2の領域で観測を行う。大気蛍光望遠鏡を併設する。2002年現在で、水タンク40台と望遠鏡プロトタイプが稼動している。 |
7,000 |
2006 |
EUSO |
宇宙ステーションから広視野の望遠鏡で地表を見て、大気蛍光を観測する。2002年現在ESA(European Space Agency) のphase-A 計画として認められており、概念設計と検出器要素の開発研究が行われている。 |
〜50,000 |
〜2010 |
GZK限界の存在を示唆するHiRes実験 HiResグループは、2002年8月に最高エネルギー領域におけるエネルギースペクトラムを発表した(図27) [30,31]。1998年の実験開始以来はじめての発表である。この測定によると1020電子ボルトを超える宇宙線は1事象であり、スペクトラムはGZK限界の存在と矛盾しない。しかし同測定結果は1018.6 – 1019.6eVの領域でもAGASAに較べて1/2程度の宇宙線強度であり、このことはHiResによるエネルギー測定がAGASAに較べて系統的に低い値を取ることを示唆している。実際にHiResの energy scaleを25 % 上げてAGASAのスペクトラムと比較すると[10]、低エネルギー領域で2つのスペクトラムは良く一致すると共に、1020電子ボルト以上のHiRes事象数は4となる。
発表されたHiResのスペクトラムは、2基の望遠鏡ステーションからの単眼観測を組み合わせたもので、本来複眼で観測を行うべく設計されたHiRes検出器としては不完全なものである。また、大気中での蛍光の散乱損失補正には、すべての事象に対して同じ値(過去2年間に測定された大気透明度の平均値)を使用している。HiResの測定は今後改善され、スペクトラムも改訂される見通しであるが、HiResの論文が公にされた現時点では「GZK限界の存否について、AGASAもHiResも決定的な観測結果を得ていない」と結論するのが妥当であろう。今後、確定的な結果を得るためには、観測事象数の増加とエネルギー測定の系統誤差の改善が必須である。
Pierre Auger 計画: Auger計画では、直径3.6 m, 高さ1.2 m の水タンクを 1.5 km 間隔で地表に並べて観測を行う。水タンク内のチェレンコフ光による測定では、タンクを貫通するμ粒子に対する感度が最大である。シャワーの最大発達点Xmax近くでシャワーを構成する粒子数としては、critical energy付近の電子・陽電子と、より低エネルギーのガンマ線が圧倒的であるが(図28)、これらの粒子の大半は、タンク水の表層付近で吸収されるか、あるいはチェレンコフ発光の閾値を下回るために計数されない。従ってAugerのエネルギー測定はμ粒子の検出を主体とすることになる。一方、本計画で使用するプラスチックシンチレータ検出器では、μ粒子・電子とも、ほぼ同一の発光量が得られる。シャワーのコアから遠い地点での電子・陽電子密度はμ粒子に較べて10倍以上多いので、本計画での地表検出器アレイのエネルギー測定はシャワー中の電子・陽電子(電磁シャワー成分)の検出を主体としていることになる。同じ理由で、Augerの検出器が10 m2 の水タンク面積を必要とするのに対して、本研究計画では3 m2 のプラスチックシンチレータで十分である。
本計画の利点1:電磁成分の測定: 図29は空気シャワーモンテカルロ計算の結果である。天頂角300の宇宙線空気シャワーが大気中で失ったエネルギーの総量をシャワーを引き起こした一次宇宙線のエネルギーで割った比率をプロットしたものである。1020電子ボルトでは90 %を超えるエネルギーが主として電磁成分として大気中で吸収され、残りはμ粒子やニュートリノに担われたエネルギーとして(地中に)持ち去られることが判る。図から推測されるように、シャワー中のμ粒子の数やエネルギーは、シャワー初期のハドロン相互作用の詳細[11]や一次宇宙線の粒子種(陽子か原子核か)に大きく依存する。従ってμ粒子密度に依存したAugerのエネルギー測定は、本計画での電磁成分主体の測定に較べて、一次宇宙線核種が不明であることにより、より大きな系統的不定性を持つ[12]。
本計画の利点2:北天の測定:Auger計画はアルゼンチン(南緯35度)に建設され、銀河中心を含む南天の観測を行う。 本計画は米国ユタ州ソルトレーク市近郊(北緯39度)に建設され、銀河中心から離れた北天の観測を行う。super-GZK事象の起源を解明する為には、Augerと本計画によって天球上のすべての領域をカバーして点源天体を探索することが重要であるが、銀河磁場による偏向が小さく偏向の方向も定まっている北天での観測が、点源天体の同定に有利である。
Augerが計画通り進めば、本計画の4倍以上の感度を持った検出器が1年先駆けて完成する[13]。したがってAugerは本計画の最大のライバルであるが、
本計画による観測は @エネルギー測定方法(電子vs μ粒子) A点源探索領域(北天vs南天)の2点でAugerと異なる独自の意義を持っている。また、本計画はAGASAによる発見の確定と、直面する最大の課題であるsuper-GZK問題の解決を目的としており、本計画に参加するAGASA共同研究者が自らこれを行うことは必然的責務である。
9. 参加研究者
研究の対象においても測定器技術においても、天文・宇宙物理学と高エネルギー物理学の境界が消えつつある今日、本計画は宇宙線物理学と高エネルギー物理学の研究者が結集して行う。以下に日本の共同研究者のリストを示す。
所 属 |
氏 名 |
分 担 (*) |
愛媛大学・理学部・教授 |
吉井尚 |
大気蛍光望遠鏡(撮像カメラ) |
大阪市立大学・理学研究科・教授 |
川上三郎 |
地表検出器(検出器) |
大阪市立大学・理学研究科・助教授 |
林嘉夫 |
地表検出器(検出器) |
大阪市立大学・理学研究科・助手 |
吉越貴紀 |
地表検出器(検出器) |
神奈川大学・工学部・講師 |
日比野欣也 |
シミュレーション |
近畿大学・理工学部・助教授 |
千川道幸 |
蛍光望遠鏡(大気モニタ) |
高エネルギー加速器研究機構・素核研・教授 |
藤井啓文 |
データ収集システム(設計・指導) |
高エネルギー加速器研究機構・素核研・助教授 |
松田武 |
蛍光望遠鏡(全般・助言) |
高エネルギー加速器研究機構・素核研・助教授 |
田中真伸 |
電子回路(設計・指導) |
高知大学・理学部・助手 |
中村亨 |
地表検出器(検出器) |
埼玉大学・理学部・助教授 |
井上直也 |
シミュレーション(検出器) |
芝浦工業大学・システム工学部・教授 |
笠原克昌 |
シミュレーション(空気シャワー) |
千葉大学・理学部・助教授 |
河合秀幸 |
地表検出器(電子回路・DAQ) |
千葉大学・理学部・助教授 |
吉田滋 |
地表検出器(電子回路・DAQ) |
通信総合研究所・研究員 |
篠野雅彦 |
蛍光望遠鏡(大気モニタ) |
東京工業大学・大学院理工学研究科・教授 |
垣本史雄 |
蛍光望遠鏡(撮像カメラ) |
東京工業大学・大学院理工学研究科・助手 |
荻尾彰一 |
蛍光望遠鏡(撮像カメラ) |
東京大学宇宙線研究所・教授 |
福島正己 |
全般(望遠鏡・地表検出器) |
東京大学宇宙線研究所・助教授 |
瀧田正人 |
蛍光望遠鏡(設計・開発・データ解析) |
東京大学宇宙線研究所・助教授 |
手嶋政廣 |
蛍光望遠鏡(望遠鏡開発) |
東京大学宇宙線研究所・助手 |
大西宗博 |
地表検出器(設計・開発・データ解析) |
東京大学宇宙線研究所・助手 |
林田直明 |
蛍光望遠鏡(大気モニタ) |
東京大学宇宙線研究所・技術職員 |
大岡秀行 |
地表検出器(電子回路・DAQ) |
東京大学宇宙線研究所・技術職員 |
下平英明 |
蛍光望遠鏡(望遠鏡開発・試験) |
東京大学宇宙線研究所・技術職員 |
鳥居禮子 |
全般(データベース管理・事務) |
東京大学宇宙線研究所・学振研究員 |
桜井信之 |
蛍光望遠鏡(大気モニタ・電子回路) |
広島市立大学・情報科学部・助教授 |
田中公一 |
地表検出器(検出器) |
放射線医学総合研究所・研究員 |
内堀幸夫 |
地表検出器(電子回路・DAQ) |
放射線医学総合研究所・研究員 |
安田仲宏 |
地表検出器(電子回路・DAQ) |
武蔵工業大学・工学部・講師 |
門多顕司 |
蛍光望遠鏡(撮像カメラ) |
山梨大学・工学部・教授 |
本田建 |
地表検出器(AGASA較正) |
山梨大学・教育人間科学部・助手 |
橋本勝巳 |
地表検出器(AGASA較正) |
(*) subject to change
国際共同実験: 本研究計画は日米で共同の実験グループを組織して遂行する。米国研究者の代表は、ユタ大学物理学科のPierre Sokolsky 教授でHiResグループの責任者である。日本チームは、上で述べた主要な検出器の建設と設置に責任を負う。米国チームは、検出器の設置に必要な土地の借用やインフラ整備に責任を持つ。既に望遠鏡建設サイト3ヶ所の土地使用許可を得ており、ここに可般型レーザーと大気モニター用望遠鏡を設置して、定期的に大気透明度の測定を実施している。地表検出器についても借用申請を準備中である。地表検出器は占有面積が小さく、電力線・光ファイバーなどの設置による環境負荷も無いので、許可取得に問題はないと考えられる。HiResグループは大気蛍光法による宇宙線観測のパイオニアである。大気透明度の測定方法や望遠鏡の較正方法などで独自の技術を持っており、望遠鏡の運用やデータ解析の経験を生かして、最高エネルギー宇宙線の測定精度向上にむけて共同で研究を行う。また、HiResグループ固有の研究課題として、1017から1018.5電子ボルトの領域で宇宙線粒子種とエネルギースペクトラムの精密測定を行い、宇宙線起源が銀河系内から銀河系外へと遷移する様相を観測的に明らかにすることを目指す。これは、本研究計画に接続して、さらに低いエネルギーへと研究を拡張するものである。今後、本計画での観測装置と連携した観測計画を立案して、国立科学財団(NSF)に予算申請を行う予定である。下の表に米国の参加者を示す。
所 属 |
氏 名 |
役 割 |
University of
Utah, Physics Department, Professor |
Pierre
Sokolsky |
米国グループ責任者 |
University of
Utah, Physics Department, Assoc. Professor |
Charles Jui |
|
University of
Utah, Physics Department, Assoc. Professor |
Kai Martens |
|
Rutgers University, Physics Department, Professor |
Gordon Thomson |
|
Rutgers
University, Physics Department |
Steve
Schnetzer |
|
University of
Montana, Assoc. Professor |
John Belz |
|
10. 予算と建設計画
経費: 本計画に必要な経費を以下に示す。総額26.2億円は、装置の建設、維持運用(2004-2009)、サイトに関連する米国負担分、AGASAの運用・撤去などを含む、本提案書で述べた計画の総費用である。
項 目 |
金額(千円) |
備 考 |
|
大気蛍光望遠鏡製作費 |
1,043,253 |
|
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蛍光集光望遠鏡 |
348,040 |
望遠鏡躯体・反射鏡・格納庫・レーザー射出塔・シャッター・発電機・空調機・環境監視装置・組立調整室・輸送費・作業費 |
|
蛍光撮像装置 |
351,593 |
筐体・固定治具・フィルター・光電子増倍管・ブリーダー・プリアンプ・高圧電源・高圧ケーブル・較正装置・作業費・輸送費 |
|
信号処理装置 |
167,020 |
AD変換器モジュール・トリガーモジュール・低圧電源・低圧ケーブル・光ケーブル・基板・クレート・ラック・輸送費・作業費 |
|
データ収集装置 |
23,200 |
ネットワーク機器・管理PC・オンラインPC・データ蓄積器 |
|
データ前置処理装置 |
39,600 |
データ解析PC・IO・輸送費・設置費 |
|
大気透明度較正装置 |
113,800 |
多波長レーザー・光学部品・経緯台・移動式レーザー射出装置・雲監視装置・輸送費・設置作業費 |
地表検出器製作費 |
973,900 |
|
|
|
地表検出器 |
507,600 |
シンチレーター・波長変換ファイバー・光電子増倍管・高圧電源・太陽電池自家発電電源・輸送費・組立設置作業費 |
|
地表検出器読み出し |
320,100 |
FADCモジュール・無線LAN・GPSクロック・データ収集PC・輸送費 |
|
AGASA検出器整理統合 |
146,200 |
光ケーブル等撤去・産業廃棄物処理・保安要員・諸経費・AGASA運用(2004+2005) |
サイト・インフラ整備費 |
165,000 |
望遠鏡サイト準備・地表検出器サイト準備・通信インフラ |
|
維持運用費 |
320,883 |
修理スペア等・通信運搬・保守・借上・雑役務・電気光熱水 |
|
旅費 |
120,159 |
国内旅費・外国旅費 |
|
総 計 |
2,623,195 |
|
年次計画: 建設の年次計画を以下に示す。 南半球Augerが建設を終了する2006年に、本計画の地表検出器も定常観測を始める。 大気蛍光望遠鏡が完成してハイブリッド観測が始められるのは1年後の2007年である。
項 目 |
2004 |
2005 |
2006 |
2007 |
2008 |
2009 |
サイト整備 |
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望遠鏡の現地試験 |
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望遠鏡の製作 |
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望遠鏡の設置 |
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地表検出器の現地試験 |
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地表検出器の製作 |
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地表検出器の設置 |
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AGASAとの同時計測による較正 |
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地表検出器定常観測 |
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ハイブリッド定常観測 |
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11. 将来について
第1期中期計画(2004-2009)では、super-GZK事象とクラスター事象の存在を確定する。同時に大気蛍光による超高エネルギー空気シャワーの高精度観測法を確立する。これに基づいて、第2期中期計画(2010-2015)では宇宙線望遠鏡の最終計画
[23]に進み、最高エネルギー宇宙線の起源を確実に解明する。最終計画では10基の大気蛍光観測ステーションにより、6500 km2 sr(AGASAの40倍)を実現する。これによって素粒子物理起源のガンマ線やニュートリノの発見が期待できる。また、第1期計画中にクラスター事象の対応天体が発見されれば、緊急に地表検出器アレイを拡張して、粒子線による天文学・宇宙空間物理学の道に進むことも考えられる。
12. 参考文献
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[1] 1020 eV = 16 J = 1.6 deca Joule
[2] 陽子であると仮定する。
[3] 銀河系に到来する宇宙線の源が、近傍の50 Mpc以内に集中していれば、GZK限界を緩和することが可能である。しかし、AGASAの結果を説明するためには、通常の10倍以上の宇宙線源が必要で、光学的観測による銀河分布などと矛盾する。
[4] super-GZK事象の存在を報告した論文(M.Takeda
et al., PRL81:1163,1998)の引用回数は、SPIRESデータベースによると、平成14年11月現在で236である。
[5] 源でのエネルギー分布はE ― 2.7 として、源の強度は10 19 電子ボルトでの観測を再現するようにとる。期待されるスペクトルは、AGASAによるエネルギー測定の分解能を考慮してプロットした。
[6] 縦軸には、ほぼ離角の−2乗に近い立体角によるweightを乗じている為、arbitrary scaleとなっている。
[7] HiResは米軍管理下の射爆試験場(Dugway Proving Ground)内に設置されている。本計画の装置は、そこから100キロほど南に離れたユタ州政府および連邦政府所有の土地を借用して設置する。
[8] この方法による到来方向や距離の測定は、純粋に幾何学的で、大気透明度の良し悪しに影響されない。
[9] Landau - Pomeranchuk - Migdal による。LPM効果とも呼ばれている。
[10] 同論文でHiResのenergy scale error は21% と評価されている。
[11] 図29では異なったハドロン相互作用モデル(SIBYLL と QGSJET)による違いとして現れている。
[12] Augerが水タンクを採用した理由は、大天頂角のシャワー、特にニュートリノを起源とする水平シャワーに対する感度を大きく取る為である。
[13] Augerの技術開発は順調に進んでいる。 一方、南米の経済危機に伴ってアルゼンチン・ブラジルの貢献が困難となり、水タンク検出器の製作予算については予定の半分(800台分)が確保されているのみである。 南半球Augerの完成は2005年末と伝えられている。 本計画の地表検出器も2005年に完成するが、大気蛍光望遠鏡は翌年の完成である。